かって、京都「シャンクレール」があれほど人気を誇っていた秘訣は今思えば、本国アメリカでリリースされた最新盤が常にエア・メールで続々と入荷していたからであろう。
つまり本場のジャズ・シーンの動向をほぼリアル・タイムで味わえたワケだ。
例えば、僕がジャズにハマるきっかけになった‘FOREST FLOWER / CHARLES LLOYD’なんか他のジャズ喫茶でリクエストしても、「無い」どころか、「知らない」ばかりでした。また、SJ誌の海外新譜紹介よりも早いケースもあり、必然的に最先端のジャズ・ファンが集まるまさに「メッカ」的存在であった。
今回の‘WHAT’S NEW’もそうした一枚で、一足先に聴けたのではないでしょうか(69年6月リリース)。当時「シャンクレール」はJBLの銘器と謳われた20cmフルレンジ「LE8T」を使用していて、オーディオがまだそれほど普及していない時代、そのジャージーなサウンドはジャズ・ファンの耳の渇きも潤していた。
本作も優秀録音盤として定評のある前作{「モントルー」ほどの評判は得られなかったものの、「LE8T」から流れる「音」の良さは当時、群を抜いていた。
演奏内容は、エヴァンスの異色作と同時に「屈指の名盤」と定評のある作品だが、一部のエヴァンス狂信徒より「庇貸して母屋取られた」と揶揄されている。まぁ、確かにスタイグのflの存在は大きい。しかしながら、それはエヴァンスにとって想定内というより当然の結果であり、彼は狂信徒ほど度量は狭くない。むしろエヴァンスは一見、タイプの異なるミュージシャンとの共演に新しい可能性を見い出そうとする前向きの姿勢を見せている。本作はその代表的な一枚。
その中で、僕が一番感動を覚えるのは、‘Spartacus Love Theme’。エヴァンスとスタイグが絡み合い、縺れ合いながらまるで昇天していく様は「エヴァンス美学」の一つの結晶ではないでしょうか。続くスリリングな‘So What’も聴きもの。エヴァンスの蒼く燃えるソロを受け継いだスタイグのflが圧巻。彼の大きな特長でもあるハミング奏法を駆使しながらクライマックで聴かせる激情ぶりはエヴァンスがpのバッキングを止めてしまうほど刺激的です。アルバムの掉尾を飾るに相応しい文句なしの熱演。
本作は完成に5回ものセッションを要し、いろいろ取り沙汰されていますが、それだけ個性のぶつかり合いが有ったのだろう。だから、聴き手としては面白いし、エヴァンスも納得のいく出来になったのだと思う。
ところで、僕はLPの他にCD(24bit)も持っている。CDをお持ちの方は、一度、そのジャケットと上のLPの画像と見比べてください。奇妙な点に気が付きませんか?そお、LPにはflの先から煙のようにスタイグが吹く息が熱気として舞い上がっているのがハッキリ写しだされているのに対し、CDには何も写っていないと思います(但し、僕が持っているCDだけかもしれません)。これと同じようにLP(アナログ)で聴こえるはずの「響き」がCDでは微妙に薄らいでいる。恐らく、デジタル化の際、歪と共に減衰されたのでしょう。このCD、音がクリアになってそれ自体申し分ありませんが、あの「響」が希薄になっているのがちょっと残念です。
このLPには「一枚の名盤」を「記憶に残る名盤」にする魔力が秘められている。その影の主役、立役者が名エンジニア、「RAY
HALL」。
なお、アルバム・カヴァの写真は録音時のものではないようですが、状況はほぼ同じと考えていいのではないでしょうか。
また、蛇足ながらライナー・ノーツはエヴァンス自身が書いている。
WHAT’S NEW / BILL EVANS with JEREMY STEIG
VERVE V6-8777
JEREMY STEIG (fl) BILL EVANS (p) EDDIE GOMEZ (b) MARTY MORELL (ds)
1969, 1,30, 2, 3.4.5, 3,11
こちらにも‘LOVER MAN’、‘SO WHAT’が入っており、
モンクの‘WELL,YOU NEEDN’T’もあります。
‘SO WHAT’での聴き手の理性を強奪する悪魔のようなflに思わず放心。
コメントがありますのでアルバムカヴァをクリックしてください。
(2007.1.18)
ps 「RAY HALL」はこんな歴史的名盤!?や、同じウエブスター・ホールでこんな美しい作品の録音も手掛けています。
また、RCA専属?の彼がどうしてVERVEの仕事に携わったのかは分かりません。これも本作の興味深い所です。