独 り 言     (15) 「影の主役、立役者」 RAY HALL の名録音、名盤

かって、京都「シャンクレール」があれほど人気を誇っていた秘訣は今思えば、本国アメリカでリリースされた最新盤が常にエア・メールで続々と入荷していたからであろう。
つまり本場のジャズ・シーンの動向をほぼリアル・タイムで味わえたワケだ。

例えば、僕がジャズにハマるきっかけになった‘FOREST FLOWER / CHARLES LLOYD’なんか他のジャズ喫茶でリクエストしても、「無い」どころか、「知らない」ばかりでした。また、SJ誌の海外新譜紹介よりも早いケースもあり、必然的に最先端のジャズ・ファンが集まるまさに「メッカ」的存在であった。

今回の‘WHAT’S NEW’もそうした一枚で、一足先に聴けたのではないでしょうか(69年6月リリース)。当時「シャンクレール」はJBLの銘器と謳われた20cmフルレンジ「LE8T」を使用していて、オーディオがまだそれほど普及していない時代、そのジャージーなサウンドはジャズ・ファンの耳の渇きも潤していた。
本作も優秀録音盤として定評のある前作{「モントルー」ほどの評判は得られなかったものの、「LE8T」から流れる「音」の良さは当時、群を抜いていた。

で、本盤の「音」の良さの本領を聴かされたのは、実は本盤が直輸入盤?として一般的に流通し始めた頃、地元のジャズ喫茶「MJ」。ここはうろ覚えだけれど、確かALTECの大型フロア・システムだったと思う(違うかもしれません)が、ある日、本盤がかかった。聴き慣れていた「音」とは全く別次元の「音」で鳴り響き、フロア・タイプは楽器のリアリティさと音場の豊かさ、スケール感、そして臨場感がまるで違う事を実感した。

その時、ふと、SJ誌のレヴューを担当した、故、油井氏の最後の一行、
「録音はRCAが珍重するウエブスター・ホールで行われた」を思い出し、当時はなんか取って付けたようなコメントと思っていたが、氏が録音について触れることは珍しいので記憶に残っていた。
ただ、「ウエブスター・ホール」とは、歴史的名盤が数多く録音された有名な場所なのか、或いは何か特別な由来でもあるのか、残念ながら僕は未だに詳しく知りません(ネットで調べると現存するいろいろ歴史、いわれあるバー/クラブと出てきますが・・・・・・大汗)。


しかし、この時点でも本作の録音エンジニアの名に興味を持つことはなかった。ところが、この後、暫くして、ロリンズのRCA盤を手に入れ、そのゲルダー、デュナンとは異なる素晴らしい「音」を聴き、エンジニア「RAY HALL」の名を初めて知ったのだが、頭の隅のどこかに微かにこのスペルの記憶が残っており、記憶を辿っていくと、ナント、本作ではありませんか。
勿論、レーベルの違いからくる若干の「質」の違いはあるけれど、楽器のリアリティさと音場の豊かさ、スケール感がナチュラルに刻まれている点は全く同じ。改めて「RAY HALL」の優れた手腕に驚いた。一言でいうと彼の「音」の大きな魅力は「響き」。本作でもエヴァンスのpが幾分光沢感ある響きに包まれ、しかも芯もしっかりあり、独特の色気さえ感ずる。また特筆すべきは、スタイグのfl、中低域の生々しい響きとヒューィと高域を伸ばした時の空気を切り裂くような鋭さはどうだ!思わず身震いしてしまう。それにバックのbやdsが無用に前面に出てこないバランス感覚が実に絶妙だ。

演奏内容は、エヴァンスの異色作と同時に「屈指の名盤」と定評のある作品だが、一部のエヴァンス狂信徒より「庇貸して母屋取られた」と揶揄されている。まぁ、確かにスタイグのflの存在は大きい。しかしながら、それはエヴァンスにとって想定内というより当然の結果であり、彼は狂信徒ほど度量は狭くない。むしろエヴァンスは一見、タイプの異なるミュージシャンとの共演に新しい可能性を見い出そうとする前向きの姿勢を見せている。本作はその代表的な一枚。

その中で、僕が一番感動を覚えるのは、‘Spartacus Love Theme’。エヴァンスとスタイグが絡み合い、縺れ合いながらまるで昇天していく様は「エヴァンス美学」の一つの結晶ではないでしょうか。続くスリリングな‘So What’も聴きもの。エヴァンスの蒼く燃えるソロを受け継いだスタイグのflが圧巻。彼の大きな特長でもある
ハミング奏法を駆使しながらクライマックで聴かせる激情ぶりはエヴァンスがpのバッキングを止めてしまうほど刺激的です。アルバムの掉尾を飾るに相応しい文句なしの熱演。
本作は完成に5回ものセッションを要し、いろいろ取り沙汰されていますが、それだけ個性のぶつかり合いが有ったのだろう。だから、聴き手としては面白いし、エヴァンスも納得のいく出来になったのだと思う。

ところで、僕はLPの他にCD(24bit)も持っている。CDをお持ちの方は、一度、そのジャケットと上のLPの画像と見比べてください。奇妙な点に気が付きませんか?そお、LPにはflの先から煙のようにスタイグが吹く息が熱気として舞い上がっているのがハッキリ写しだされているのに対し、CDには何も写っていないと思います(但し、僕が持っているCDだけかもしれません)。これと同じようにLP(アナログ)で聴こえるはずの「響き」がCDでは微妙に薄らいでいる。恐らく、デジタル化の際、歪と共に減衰されたのでしょう。このCD、音がクリアになってそれ自体申し分ありませんが、あの「響」が希薄になっているのがちょっと残念です。

このLPには「一枚の名盤」を「記憶に残る名盤」にする魔力が秘められている。その影の主役、立役者が名エンジニア、「RAY HALL」




なお、アルバム・カヴァの写真は録音時のものではないようですが、状況はほぼ同じと考えていいのではないでしょうか。
また、蛇足ながらライナー・ノーツはエヴァンス自身が書いている。

WHAT’S NEW / BILL EVANS with JEREMY STEIG

VERVE V6-8777

JEREMY STEIG (fl) BILL EVANS (p) EDDIE GOMEZ (b) MARTY MORELL (ds)

1969, 1,30, 2, 3.4.5, 3,11

こちらにも‘LOVER MAN’、‘SO WHAT’が入っており、
モンクの‘WELL,YOU NEEDN’T’もあります。

‘SO WHAT’での聴き手の理性を強奪する悪魔のようなflに思わず放心
コメントがありますのでアルバムカヴァをクリックしてください。


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(2007.1.18)

ps 「RAY HALL」はこんな歴史的名盤!?や、同じウエブスター・ホールでこんな美しい作品の録音も手掛けています
  また、RCA専属?の彼がどうしてVERVEの仕事に携わったのかは分かりません。これも本作の興味深い所です。

J・スタイグの初リーダー作。

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