独 り 言

(7) 「モダン・ジャズ」はこれで死んだのか?


A GENUINE TONG FUNERAL / GARY BURTON

RCA VICTOR  SHP 6009

GARY BURTON (vib)  LARRY CORLELL (g)  STEVE SWALLOW (b)
LONESOME DRAGON (ds)

plus
MIKE MANTLER (tp)  STEVE LACY (ss)  GATO BARBIERI (ts)
JIMMY KNEPPER (tb btb)  HAWARD JOHNSON (tuba bs)
CARLA BLEY (p organ conductor)) 
     

(1967、1968)

カーラ・ブレイによる‘Dark Opera Without Words’というサブ・タイトルがついたこの「葬送」は本国アメリカで68年、日本でも68年末にリリースされたバートンとカーラのコラボレイションによる野心作。制作費にRCAが当時、巨額を投資したにも拘らず、72年の‘シュワン’のカタログからはもう消えている。メジャーとは、凄いものだ。バートン、カーラといえば識者ならともかく一般的なマス規模では、当時、まだ未知数?のプレイヤーに巨額を投資をして、結果が出なければアッサリ廃盤にしてしまうなんて。マイナーレーベルではまず考えられません。

本作を始めて聴いたのは、1968年(たぶん)の京都‘シャンクレール’。バートンの前作「ダスター」にはそれほど感心はなかったが、カーラによる作曲とマントラーを初めとするオーケストラとのこの競演作は、今までとは何か違うものを鮮烈に感じました。その時は漠然としていたが、ある時、ビバップから始まったハード・バップ、ファンキー、モード、新主流派、そしてフリー・アヴァンギャルドに至る所謂‘モダン・ジャズ’が終わり、新しいジャズの誕生の予感をハッキリと感じ取ったのです

チョット、おこがましい言い方となりますが、本作はあらゆるジャズ・ファンとジャズ・オーディオ・ファン、必聴・必携の傑作と思います。
演奏は勿論のこと、Ray Hallの手によるこの録音は素晴らしいの一言。これまでもロリンズのRCA盤(オリジナル)の録音の良さをしつこく言ってきましたが、本作の厳粛的な雰囲気をここまで効果的に再現し、しかもインストルメントの音質が極めて美しく清澄に録られた作品を他には思い出せない。なお、僕のもっているレコードはオリジナル盤ではなく、国内盤です。当時、オリジナル盤を見た所、日本ビクターとの商標トラブルで興醒めする措置がされていて、諦めたような記憶があります。国内盤でもきっとカッティングが良かったのでしょう。でもオリジナル盤はもっと凄いのでは。さしずめ、「幻の名録音盤」とでも申しましょうか。
ゲルダー、デュナンばかりが話題に上りますが、RCA VICTOR・‘DYNAGROOVE’のRay Hall(達)の手腕も見逃せません。

前置きが長くなりましたが、本作の内容をコメントするには、僕如きチンピラには骨が折れます。黙って全神経を集中させれば自ずと解る、と逃げれば簡単だが、それでは、紹介する意味.がない。また、ライナー・ノーツを流用するならHPを開くまでもない。拙い文章力で申し訳ありませんが、ロック・テイストを織り交ぜ「バイブの異端児」と呼ばれたバートンと、ニュー・ジャズのフィールドで活躍するカーラ・ブレイによるこのプロジェクトは一見、畑違い同士の危険な綱渡りを感じさせるものの、両者の「創造への探求」という点で見事に合体している。カルテットとプラス・アンサンブルとの対比が本作の聴き所ではあるが、時には、渾然一体となりエモーショナルな世界を創出しています。「死」という最大の「尊厳」をドラマティクに描くカーラの作曲力に負う所も大きいが、それに見事に答えたバートン・グループと一流ミュージシャンで固めたアンサンブル陣の斬新なプレイが光る。「死は新しい生のはじまり」という東洋の生死感に基ずくこのオペラからは東洋的なメロディが随所で聴かれ、その意味では非常に身近な作品に映り、難解な所は少しもありません。
それにしても、本作のタイトル、「葬送」が‘モダン・ジャズ’のそれと感ずるのは余りにも偶然だったのだろうか。

ps 最近、ある本で「山羊おじさん」と侮辱されているバートンであるが、そんな俗本とは無縁にしてニュー・ゼネレーションのリーダーの一人として一時代を築いて行った若きヒーローの最良の姿がここにはある。
なお、‘LONESOME DRAGON’とおふざけの名のドラマーの本名は‘ボビー・モーゼス’で、‘J.C.モーゼス’とは別人です。


(2003/11/19)

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