独 り 言     (13) “怒れる若きテナーマン”から“聖者”への道のり

OM / JOHN COLTRANE

IMPULSE  AS 9140

JOHN COLTRANE (ts) PHAROAH SANDERS (ts) JOE BRAZIL (fl) 
McCOY TYNER (p) JIMMY GARRISON (b) DONALD GARRETT (b) 
ELVIN JONES (ds)

1965. 10. 1

まもなく、今年もコルトレーンの命日がやってくる。当初は“SETTIN’ THE PACE”(Prestige 7213)のアップを用意していたが、直前になって本作に変更した。夏はどうやら、こうしたアヴァンギャルドな灼熱の演奏のほうが合っているようだ。

僕の「シャンクレール時代」のコルトレーンと言えば、「クル・セ・ママ」とこの「オム」。
大袈裟に言えば3度に一回はどちらかが掛かっていたような記憶がする。初心者の僕にとって、難行・苦行の連続であったが、ある時、余分な音は除きコルトレーンのtsだけに集中、追跡して聴いてみると、突然、霧が晴れたように視界が広がり、一聴、グチャグチャに感ずるこの演奏が、当たり前だが思いの外、コルトレーンによりコントロールされていることに気が付き、それ以来、結構気にいって聴いている。

1967年7月17日、コルトレーンの「怒れる若きテナーマンから聖者への行進」は、突然、終止符を打つ

先述の通り
死の僅か3ヵ月前から、「モダン・ジャズ」を聴くようになったのは、今から思えばラッキーと言うべきであろう。少なくとも、当時の「熱気」をリアル・タイムで体験できたワケである。それどころか、コルトレーンは「ジャズ喫茶」の空間では立派に生き続けて行くのである。

‘OM’(オム)とは、チベット仏教の真言の一つで、俗人の僕には、その意味を正確に言葉に変換する事など出来ない。その‘OM’をコルトレーンは自ら、ジャズと言う音楽手法を以って表現しようと試みたのが本作であり、当然の如く、その出来について云々などできるわけがないし、その必要もない。
しかし、少なくとも「至上の愛」直後からの「その道のり」は本人はともかく、聴く側からしても、想像を絶する険しさだった事は容易に推測できる。だが、その苦しみとも思える、時には咆哮、時には身を削るような絶叫に共感を抱く人もいれば、理解できぬ人もいるだろう。

本作でも、イントロとエンディングの何やら怪しげな呪文?など、一つ間違えると邪悪な宗教の儀式をも連想させる中途半端な危険性を孕んでいますが、逆にコルトレーンがそれだけ善良なジャズ・ミュージシャンであることを証明している。

いずれにしても、好き、嫌いといった感情的な雑音をシャットアウトして、チョット大きめのボリュームで本作に集中すると、“怒れる若きテナーマン”から“聖者”への道のり、がおぼろげながら見えてくる。


(2005. 7. 16)

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