呟  き




  
 

(22) ニヒリスティク? ラビリンス 



 

   

 
 
LIVE AT THE VILLAGE VANGUARD / ART PEPPER


CONTEMPORARY GXH 3009-11,C-7650

 
ART PEPPER (as,ts,cl) GEORGE CABLES (p) GEORGE MRAZ (b) ELVIN JONES (ds)


1977.7.28,29,30

  


70年代半ば、ゴードンと同じようにカンバックしたもう一人のジャズマンがA・ペッパー。ただ、ヨーロッパから復帰したゴードンと違って、ペッパーは一般社会から隔絶された世界からの復帰と、かなり事情が異なっている。そして、カンバック後の世評(特に我が国では)はどうか、と言うと、コレが面白い。ゴードンは概ね、好評を持って迎えられけれど、ペッパーの場合、演奏スタイルの変化により、揺れに揺れた記憶がありますね。もう30年近くも前の話なので、風化しても不思議でないけれど、意外に根深く残っているようで、本作は、ある意味でカンバック後のペッパーの是非を問う「踏み絵」的アルバムではないでしょうか。


そこで、今回、昔を振り返って本作を聴いてみましょう。この録音の3ヶ月ほど前、C・ジェイダーの一員として初来日したペッパーは、思いもよらぬ熱狂的な支持を受け、これが本ライブ録音実現の布石になったと言われる。


左は1980年、世界に先駆け日本で先行発売された三枚組セット、右は本国で三枚にバラ売りされた後、85年に追加リリースされたVol.4です。



ところで、ペッパーは何度か来日していますが、ある来日時、その筋ではちょっと名の通ったある方がインタビューした時の事、ペッパーは「今の演奏はどうか?とか、レコードの売れ行きはどうか?」ばかり気にしていてガッカリした、と、10年ほど前に述べられていましたが、これはある意味で失礼な話ですよね。
あくまで推測ですが、恐らくこの方は、ペッパーに昔の事ばかり、聞き出そうとしたのではないでしょうか?誰だって済んだ昔の話って、ケース・バイ・ケースですが、あまりいい気はしないですよね。況してやペッパーの場合、過去を棄てて今に生きているんですから。勘違いも甚だしく、その自覚の無さが情けない。

 
 

さて、本題に入りましょうか。1枚目A面のオリジナル・ワルツ‘Valse Triste’、G・ジェンキンスの名作‘Goodbye’の二曲で、もう本作のキャラクターが鮮明に浮き出されている。日本の多くのペッパー・ファンが愛する50年代のペッパーの姿は無く、この二曲を聴いただけで「ペッパーは50年代に限る」って決め付ける方が多いかもしれない。特に、亡き親友、H・ホースにテディケートした‘Goodbye’に於けるエモーショナルな演奏はかってのペッパーとは似ても似つかない。また、本作のもう一つの特徴は、恩人、親友、友人へに捧げた演奏が多いく、「絶望の淵」から甦り、再び演奏活動できる喜びに満ちた心境をこの作品に託しているに違いない。


 
で、カンバック後のペッパーの是非を問う「踏み絵」的アルバム、と上述していますが、その象徴的な演奏がSIDE4の‘Labyrinth’ではないでしょうか。
エルビンの重い感じがするボサ・ノヴァ・リズムとムラツのグゥーンと低く伸びるベースをバックにアンニュイなメロディを退廃的なトーンでasを鳴らすペッパーにグッと「迷宮」に引きずり込まれてしまう。ケイブルスの後のペッパー、淡々とした中、これがまた凄み味のあるソロです。
まるで過去の思い出、出来事を一つ一つ解きほぐしながら否定し、時々、恰も彷徨っているかの如き投げやり的な浮遊感をも醸し出すものの、確信をもってその一つ一つを今度は力強く肯定して行くストーリーが僕には読める。その証拠にasの音のエッジが立っている。迷っていない。
誰もマネできないペッパーの迷宮とも言える「人生劇場」そのものだ。どうやらこの「ニヒリスティク・ラビリンス」という底無し沼に、僕はしっかりと嵌ってしまったようです。


 
 


ペッパーは50年代に限る、或いは、カムバック後のペッパーは別物、と言う聴き方を決して否定しませんが、この‘Labyrinth’をもう一度聴き直してみませんか?人の声の音域に最も近い楽器はasだそうです。ペッパーはasを通して、己の生き様を語ろうとしたのだろう。それでも、やはり踏み続けますか?



復帰後のペッパーを否定する人は、50年代までのペッパーしか聴かない。でも、肯定する人はどちらも聴く。その差は計り知れないほど大きい。


(2009.10.26)


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