独 り 言 

(5) HUBBARDの「BLUE NOTE」時代の最高傑作

BREAKING POINT / FREDDIE HUBBARD

BLUE NOTE  BLP 4172

FREDDIE HUBBARD (tp)  JAMES SPAULDING (as fl)
RONNIE MATHEWS (p)  EDDIE KHAN (b)  JOE CHAMBERS (ds)

1964

久しぶりにSJ誌を買ってしまった。理由は表紙の「NEWK」(ROLLINS)のカッコ良さとハバートのブルー・ノート時代の逸話記事がのっていたからです。ブルーノート時代後半のリーダー5作とサイドメンとして参加した名盤3作のCDが24bitリマスタリング(RVG)され順次発売されると言う。この機会にハバードの謂れ無き‘汚名’が払拭される事を願うばかりです。

本作は、彼の最高傑作であるばかりでなく、当時の新主流派達の作品の中でも‘MAIDEN VOYAGE’、SPEAK NO EVIL’と肩を並べる名作であります。否、テンションの高さでは、むしろ他の2作を凌駕している。

名門、ジャズ・メッセンジャーズから、独立して、わずか26才の若さで、自己のオリジナル・クィンテットを結成し、こうした先鋭的な作品をレコーディングするハバード、見上げたものです。上記2作ほどのポピュラリティが無いのは、聴き手に一瞬の緩みも持たせない密度の高い音楽性からくるものである。

コールマン、ドルフィ、コルトレーンと言うイノベイター達との共演を通じ研鑚したジャズ・スリピットを当時のジャズシーンに投げ込んだ野心作。

レナード・フェザーは、ライナーノーツのトップで「ブルーノートの高い水準の中でも本作は最も非凡な作品である。一つに、オリジナル・クインテット結成後の第一作目として、ハバードのターニング・ポイントを標したもの、それと、コンポーザー(5曲中4曲を提供))として進化している彼を捉えた重要なレコードでもある」と紹介しています。

その評通り、ここでのハバードはその才気を惜しげもなく発揮している。A面の2曲、‘Beaking Point’ではカリプソ・テイストとフリー感覚をミックスさせ、‘Far Away’ではエスニックな香りを効かせながら聴き手に激しく、緊張のプレッシャーをく掛けてくる。やや実験的な面が無きにしも非ずですが、中途半端ではないので軟弱な耳には、チョット辛いかもしれない。

B面では、ブルース色の濃い3/4拍子曲‘Blue Frendy’、ソロイストとして最高のパフォーマンスを聴かせるストレート・アヘッド曲‘D Minor Mint’、そしてスケールの大きい溌剌とした奏法で、しっとりとした情感で謳うJ・チェンバースの名バラード曲‘Mirrors’と、熱くて濃い演奏が続く。
とにかく、溢れる才能から放たれる鋭気で充満している。

かって、ハバードはあるインタヴューで要約するとこんな事を語っている。
「ニューヨークに出て思いもよらぬ成功をし、自分のバンドも結成できたこともあって、生れ故郷のインデアナポリスで所謂、凱旋演奏をした。勿論、本作のような演奏スタイルで。自信はあった。しかし、当地での評判は散々であった。みんなは、こんな先鋭的な演奏なんか、期待していなかったのです。ニューヨークで一生懸命、勉強してきたつもりだが、それだけで果たしてよいのだろうか、もっと聴衆と身近なジャズがあってもいいのではないのか?初めて疑問を感じた。」と

確かに、これ以降のハバードの演奏は少しずつ、確実に変化し続けていく。翌65年の自己のアルバム「ザ・ナイト・オブ・クッカーズ」、「ブルースピリッツ」では、コンガを入れ、新しいサウンドを模索する一方、コルトレーンの「アセンション」にも参加する。

「アセンション」に一緒に参加したA・シェップは「アセンションでコルトレーンが演ろうとしていたことを本当に理解できたのは、オレとハバードだけだった」と後年、語っている。
どちらも当時のフレディを克明に記録しており、その柔軟なスタンスに驚く。しかし、こうしたスタンスは、あの生れ故郷・インデイアナポリスの苦い経験から来るものと考えれば、少しも不思議ではない。

ずっと後年になって、一時期、確かにハバードは緩んだ。人間である以上、長い間には、誰だってそんな時はあるはずです。それを槍玉にあげるもの書屋達は、一度、自分の人生を振り返ってみては如何でしょうか。まぁ、しないでしょう。自信過剰の方達ばかりだから。



なお、
本作を作家、村上 龍氏が「BLUE NOTE 私の10枚」に挙げている。やはり、視点、感性が鋭いのでしょう

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(2003/6/24)


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